危機管理の基本:その③ 原因微生物の同定

 

既知だが従来と性格を異にするのか?

 ザイールにおけるエボラ出血熱による致死率は90%だったのに対して、スーダンのそれは60%であった。この致死率の違いは何から来るものだろうか?

 遺伝子解析したところ、エボラ・ウイルスは同じ出血熱を起こすマーブルグ・ウイルスと近縁。エボラ・ウイルスの中でもザイール・エボラとスーダン・エボラは系統図の上でも大きく異なる。致死率の点で異なるのは、遺伝子の違いからくるものだろう。

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 この例のようにウイルスが異なる地域で進化を遂げると、感染力を増したり、人から人に感染しやすくなったり、致死率が低減したりすることがある。ザイール・エボラとスーダン・エボラを比較すると、前者は後者に比べ致死率は高いが感染性は低い傾向にあった。致死率が高いということは、人の死とともにウイルスも死ぬわけであるから、ウイルス種の保存の観点からすると合理的ではない。致死率を落としてでも感染力を増す方が種は繁栄する。ウイルスが分裂を繰り返す過程で遺伝子変異を繰り返し、宿主への影響が小さく(重症化し難く)、かつ感染力が強い変異株がやがてそのウイルス種の主流になっていくということ。ライフサイクルが極めて早いウイルスは進化のスピードも段違いに早い。

 1989年11月下旬、フィリピンからアムステルダム、ニューヨーク経由で輸入したカニクイザル多数がバージニア州レストンの民間検疫施設で死亡した。検査をしたところ、エボラ・ウイルスが検出された。しかしこれらの動物から感染した人はいない。2007年7月から2008年6月にかけて、フィリピンにおいて豚繁殖・呼吸障害症候群の流行があった。豚の耳・鼻などがチアノーゼで青くなる症状もある事から「青耳病」という通称がある。フィリピン農水省は中国やベトナムでも流行していたことからニューヨーク、グリーンポートにある外来動物疾病診断検査室に送った。その結果、予想されたウイルスが同定されたが同時にレストン・エボラ(図参照)も発見されたのだ(Science 2009; 325: 204-6)。このウイルスによる無症候性感染(感染はしたが発症しない)例は確認されたが、出血熱を発症した人はいない。レストン・エボラは1989年から2008年にかけて進化を遂げ、豚にも感染するようになったと思われる。同じエボラ・ウイルスでありながら、遺伝子のわずかな相違により、人や動物種への感染性、致死率がこのように大きく影響を受けることは驚きである。

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 写真:マニラ・マカティ市役所を訪れレストン・エボラの話も含め熱帯感染症の状況を視察した(2012.3)。現在世界では、”One Health”として、人、動物、植物の健康を統合して考える動きがある。

 遺伝子変異が致死率の違いとして現れることもあるのだが、もちろんそれ以外の因子も考えておかなくてはならない。ウイルスの遺伝子が全く同じでも、例えば国によって致死率が異なることがある。これは栄養状態や免疫保有率、民族差など患者側の要素かもしれないし、医療へのアクセスの良し悪し、医療レベルの差かもしれないのだ。これは1918年のスペイン風邪や2009年のインフルエンザ・パンデミックが好例であろう。

未知の感染症かもしれない。どうする?

 従来の感染症では説明がつかない臨床像を呈していれば、あるいは既知のエージェントをターゲットとした検査が全て陰性であれば、未知のエージェントも考慮しなくてはならない。「未知の感染症かもしれない。どうする?」:これはコッホ研究所を訪問した際、疫学者たちとの会話の中で私から彼らにぶつけた質問だ。その返答は「クラシカルだけど電顕(電子顕微鏡)をまずやる」だった。

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写真:ベルリンのコッホ研究所のメンバー(2008.6)

  患者の機能不全をきたした組織を採取して電顕で形態をみると、どのウイルスに近いかが判り、そのことによって伝染経路などの予測をたてることができる。あるいは唾液(気道分泌液)をベロ細胞などに添加しウイルスを増幅した後、電顕で観察する。ウイルス分離に成功すれば、遺伝子解析を行う。系統図から、どのウイルスに近いかを検討する。新種のウイルスと思われた場合でも既存のウイルスと似ていることがしばしばあるからだ。 

 遺伝子解析に基づきPCRなど検査法を確立する。また、分離したウイルスよりワクチン開発をすすめる。リシンなどの毒物、ワーファリンなどの薬物では、症状が後から出現するため、あたかも潜伏期間をもつ感染症の様相を呈することがある。しかしこれらは微生物ではないので電顕では何も判らず、高速液体クロマトグラフィーによる解析が必要となる。

 

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