リスク分析の事始め(3)「家政婦」は何を見ているのか

 海外に展開する企業や公官庁の拠点やプロジェクトの現場にたまに接することがある。いずれもしかるべき方式で警備に対策を取っていることは分かる。しかし、少し時間をかけて観察してみると、末端とのコミュニケーションはそれほど取れていないことが多い。これが本来的に難しいことは前回にも述べた。それでも試みないといけない。

 いつどこの世界でも、「家政婦は見た」という類の真実はあり、それらは通常は、立場を異にする雇用者側には全く伝わってこない。外国人が現地に疎いから伝わらないというだけではない。社会の末端の普通の人々の意識というものは、現地社会の上層にいる為政者や経営者にも伝わっていないことが多い。たとえ伝わっていたとしても、そんなことをわざわざ外国人のビジネス・パートナーやカウンターパートには教えてくれない。

 そのような時、実は、私のような、組織に属するわけでもなく、現地人でもない人間が、ときたま出入りしていると、第三者の目で、ある企業や組織が置かれた状況を観察し、そこと接点を持つ現地社会の様子も目撃して、意外に役立つ情報が得られるかもしれない。研究者のような自由な立場の人間というものは、現地の「家政婦」そのものではもちろんないのだけれども、現地の人間が何を見て何を考えているのか、ということを、社会の末端や底辺の観察から積み上げて類推することで、公式の表のルートでは得られないリスクに関わる情報を察知することがある。当事者であるからこそ知らされないことが、SNS的な「緩いつながり」から得られることがある。

 もちろん組織として万全のリスク予測と対策を正面から行っていなければならないのだけれども、「セカンド・オピニオン」の経路も緩やかに確保しておくことが、見落としていたリスク想定の穴を埋める可能性を高める。

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