ニパ脳炎(1)

マレーシア

1998年9月末より、マレーシアの北部にあるイポーで発熱、精神錯乱、昏睡に至り死亡する感染症が流行していた。このアウトブレイクは1999年2月にはイポーから数百キロ離れた南部のスンガイ・ニパ村に飛び火。マレーシア政府は、日本脳炎が原因と判断した。日本脳炎はウイルスをもつ豚を蚊が刺し感染。この感染蚊が人を刺すことによって発症する。そのため、政府は殺虫剤をまいて蚊の駆除に努め、ワクチン接種も積極的に推進した。この2つの対策でマレーシア政府は日本脳炎のアウトブレイクを乗り切ってきた。しかし、今のところ感染が終息する兆しが全くない。しかも過去の日本脳炎アウトブレイク死者数は最大で26人である。これに対して今回は1999年2月時点で患者は200人、死者も100人を超える勢いである。

マレーシア大学の小児科医のコー・ビン・チュアと微生物学教授のラム・サイ・キットは「日本脳炎は子どもや老人に多いのに今回の病気は養豚業者に集中的に発生しているという。また日本脳炎で豚は死亡しないが、今回は豚も多数死んでいる。本当に日本脳炎なのだろうか」と疑問に思っていた。1999年3月1日、彼らはまずマレーシア保健省から患者血液と髄液の検体を入手し、日本脳炎の抗体を検査した。すると多くが陽性であった。これをどう解釈するか?

ワクチン接種や既感染による抗体陽性の可能性が高い

次に何をするべきか?

ベロ細胞などに検体を加えウイルスの増幅を試みる。そして電顕による形態を観察。遺伝子配列を解析。

彼らは自分らでもウイルス培養に成功はしたものの、それ以上の研究ができない。そこで、米国アトランタにあるCDCと連絡をとり更なる調査を依頼した。最初は検体をマレーシアからCDCに送ろうとしたが運送業者から断られてしまう。結局、コー博士自身で検体をもっていくことになった。CDCではレベル4の研究室があり、陰圧で、外から何も入らないし、外に何もでない仕組となっていた。日本にはレベル4の感染性微生物を扱える研究室は無い。

培養細胞に患者髄液を加えると、複数の細胞が融合し、やがて死んでいくというもの。日本脳炎ウイルスではこのような現象はみられない。この培養液をとって電顕でみるとおたふくかぜや麻疹ウイルスと同じパラミキソ・ウイルスであることが判明。パラミキソ・ウイルスは通常飛沫で感染し呼吸器、神経に症状を起こす。ウイルスのRNAを調べたところ、5年前に発見されたヘンドラ・ウイルスと遺伝子配列が70%一致していた。

このウイルスは1994年、オーストラリアで1頭の馬が呼吸困難と運動障害に陥り24時間以内に死亡した。他の馬も次々に死亡していった。馬の調教師も同じ症状に陥り24時間以内に死亡。馬と人の人畜共通感染症はそれまで知られていなかった。1週間以内にウイルスがみつかり、アウトブレイクのあった場所をとってヘンドラ・ウイルスと名付けられた。そこで、この新しいウイルスも患者の出身地にちなんでニパ・ウイルスと命名された。

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