炭疽菌(1)

フロリダ

 2001年10月2日、大衆誌にカメラマンとして勤める63歳男性。妻に伴われ、発熱、吐気、錯乱でフロリダ医療センターを受診した。4日前、ノース・カロライナ州にキャンプに行った際より発熱、筋肉痛、吐気で発症。3日間症状は良くなったり悪くなったりを繰り返した。普通の風邪ではなさそうだったので受診。髄膜炎の兆候はなかったが、髄液検査の結果を待つ間に抗生剤の点滴投与が開始された。
 体温39°C, 血圧150/80 mm Hg, 脈拍110/分, 呼吸数18/分。呼吸困難はなく、酸素飽和度も97%。しかし、両側胸部にて水泡音を聴取。胸部X線写真では縦隔の拡大を示していた。髄液検査のグラム陽性桿菌が竹の節状に連なっている所見が得られ炭疽菌が疑われた。これを培養したところ6時間以内に炭疽菌の増幅を認めている。入院数時間後、患者は全身けいれんを起こし、気管挿管ののち人工呼吸器に切り替えられる。第3病日に死亡。
 炭疽菌感染症では炭疽菌侵入部位により発症が異なり、皮膚、腸、吸入の病型が知られている。このケースは吸入炭疽に相当する。吸入炭疽では空中にある炭疽菌の芽庖を吸い込み、これが気道でマクロファージなどに貪食され縦隔のリンパ節にいき、そこで発芽し、毒性を発揮するようになる。
 このケースがバイオテロによって犠牲になったのか、それとも動物の皮革に付着した炭疽菌芽胞を吸入したのかを区別するためにどうするべきか?

 この男性が勤めていたオフィス、自宅、車などを綿棒でこすって炭疽菌の有無を調べる。会社同僚、妻などについても鼻前庭を綿棒でこすり同様の検査を行う。

 その結果、デスクのコンピュータおよびキーボードより炭疽菌が芽胞を検出した。一方、家や車では検知しなかった。この男性のもとには、インターネットあるいは郵便物で写真の投稿が多数ある。他の職員によると、9月19日、発症8日前、この男性のもとに粉の入った郵便物が送られてきていたとのこと。

 一方で、CDC, 保健福祉省とホワイトハウスが緊急で討議し、代表して10月4日保健福祉省トンプソンが「フロリダのケースは集団発生ではなく、他人に感染する心配はありません。これはテロではありません。」と発表したのだった。10月9日、ブッシュ大統領は「フロリダのケースは”完全な孤発例”であった」と付け加えた。
 このアメリカ政府発表についてあなたはどう考えるか。同年9月11日に同時多発テロが発生していることも考慮に入れよ。

 潜伏期間等からすると職場で感染している。しかし、アフリカなどから皮革を輸入して楽器を作るなどの職業なら吸入炭疽に罹患というシナリオもあり得るだろう。だが、911の直後であり、タブロイド紙のカメラマンである。しかも粉の入った郵便物が送られてきているのを同僚が目撃している。この粉が炭疽菌だったと疑うのが順当なのではないだろうか?「これはテロではありません」は余分なのではないか?テロを疑っているが、人々のパニックを恐れての発言ともとれなくもない。

 10月12日、フロリダのケースが孤発例ではないことが判明した。同日、NBC ニュースの38歳は皮膚炭疽と診断された。翌週、プロデューサーの7ヶ月の子供が皮膚炭疽であることが判明。10月18日、CBS ニュース職員が炭疽菌テスト陽性、10月19日、ニューヨーク・ポストの編集部アシスタントも皮膚炭疽となった。ABCニュースにも同様に郵便が送られてきている。
 あなたがFBI 捜査官であるとして、何を調査するか?

 FBIは、各メディアに送られた郵便物に炭疽菌が含まれていないかチェックする。開封されたものだけではなく、未開封のものもチェックする。炭疽菌が含まれている郵便があれば、どこで投函されたものか?郵便物の指紋採取など。また炭疽菌の性状よりどこで作られたものかを推定する。

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