危機管理の基本:その② ほぼ全員に共通する点は何か?

  従来の感染症と違うと直感したら次はどうするか?具体的にどこが違うかを言葉で他者に説明できなくてはならない。まずは報告された複数の症例に共通する点を列挙する。そして従来のものと同じ部分と異なる部分を認識する。従来のものと違うと感じるのであれば、さらに調査を進めていくべきだろう。

  1993年5月14日、ニューメキシコの医学調査官のもとに20前後の同居する男女カップルが急性呼吸不全で死亡したという報告が舞い込んだ。最初に女性が死亡し、5日後男性という話である。5月17日には、インディアン・ヘルス・サービスに勤める医師から5人の急性呼吸不全による死亡が報告された。5月22日には最初の患者の兄、5日後その妻が呼吸不全を発症。患者発生はニューメキシコ、アリゾナ、コロラド、ユタの州境に集中している。そこでニューメキシコ当局は1993年1月1日以降に発症した原因不明の急性呼吸不全患者の報告を上記4州の医師達に依頼した。その結果同年3月以降14人の死亡例も含め18例(致死率78%)の呼吸不全がこの地で発生していたことが判明したのだ (NEJM 1994; 330: 949-55)。

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写真:ニューメキシコの法医学者は(中央)ハンタ・アウトブレイク時の様子を語ってくれた。(2010.4)

 主訴は高熱と筋肉痛であり全例にみられた。頭痛、咳、嘔気・嘔吐も多い。筋肉崩壊時の非特異的逸脱酵素LDHが上昇。インフルエンザ様ではあるが、インフルエンザ患者100%が筋肉痛を主訴に来院するということはない。入院時呼吸と脈が促迫しているが心拡大など心不全徴候はない。白血球数が増えており細菌性髄膜炎や敗血症の際みられることが多い核の左方偏移を示していた。症例によっては骨髄球が末梢血に遊出している。普通ならばウイルス感染ではなく細菌感染を考えるデータだ。しかし、こういう状況では大抵細菌が血液培養で検出されるが、それが検出されないのだ。同時に血液濃縮の所見あり。血小板減少、凝固系異常所見から少なくとも感染性出血熱の様相である。症状・徴候からするとウイルス感染であるが、細菌感染のような白血球増加パターンを示す疾患は何であろう?

 ハンタ・ウイルスによる腎症を伴う出血熱なら当てはまる。血圧が低下する点も矛盾しない。しかし、この病気は極東アジアにみられ、北米大陸ではこの時点で過去に報告がない。しかもアジアのハンタ感染では腎障害が主病態で肺ではないのだ。このアウトブレイクでは血尿、蛋白尿を示すものもいたが、明らかな腎不全に至るものはいなかった。また全例で肺がやられている。動脈血酸素分圧も低下している。致死率も極東アジアのハンタ感染症では、きちんと治療すれば5%未満であるのに、今回のアウトブレイクでは致死率が桁違いに高い。

 7月10日、CDCはネバダ州の24歳女性より血清IgM(微生物に対する抗体の一種でIgGより先に上昇する)を調べ、このアウトブレイクはハンタ・ウイルスによるものであることを明らかにした(MMWR 1993: 42;570-572)。この女性は7月7日に発症しており、ということは発症4日目でも診断をつけることができるというわけだ。死亡者の病理切片をハンタ・ウイルスに対する抗体で検査したところ、肺、腎臓、心臓、すい臓、副腎、筋肉の血管内皮細胞が染まった。この一連のアウトブレイクの原因はハンタ・ウイルス感染症であるとやっと結論されたのだ。ハンタ・ウイルス感染症は極東アジアで年間10万人程度みられる病気で、ネズミなどのげっ歯類の尿がエアロゾール化したものから感染する。そのためヒトからヒトに感染するものではない。筋肉痛を伴う発熱期にはじまり、3~4日後に低血圧期に移行、数時間から48時間続く。ひどい場合ショックに陥る。その後腎不全からくる乏尿期が3~10日続き、利尿期を経て回復。田舎部でネズミが家屋内に侵入しやすい環境はリスクである。また、水害後はネズミが増えやすく、アウトブレイクのきっかけになりやすい。ウイルス遺伝子は極東アジアでみられるものと異なっており、従来の腎障害を伴うハンタ感染症と区別して肺障害を伴うハンタと呼ばれるようになる。

  特徴的な血液検査所見からハンタ感染症を疑い、5月中旬に診断を確定できていれば、アウトブレイクによる14人の死亡という結果にはならなかったのではないだろう。今回診断が確定したのはアウトブレイクが終息しかけた7月であった。アウトブレイク時、例年にない程長雨が続いていた。地球温暖化→水害→ネズミ↑→ハンタ・アウトブレイク というパターンに備えサーベイランス・システムを確立するべきである。

 

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