危機管理の基本:その①:いつものパターンと同じか?

 1人の特殊な症例でアウトブレイクを予知できることもある。これが理想だ。しかし、大概は同じ医師のもとに同じような症状・徴候を示す数例が受診して気付かれる。それも「勘の良い医師のもとを受診すれば」の話だが。少なくとも2人以上が時間的、空間的に集積した場合、クラスターと呼ぶ。クラスターはアウトブレイクに発展する可能性を秘めており、この時点で対策を講じるのが理想だ。ところが過去の事例を検証すると、アウトブレイクのピークを過ぎてから、あるいはそれが終息しかけてから動き出している。これでは遅すぎる。何故なら、対策が遅れれば多くの人命が失われ、対策が早ければ多くを救うことができるからだ。さらにアウトブレイクまで進展すると、その地域(時に国)の社会経済に対する負の影響も大きい。パンデミックに至れば、世界が打撃を受ける。しかし、検証することは意味が無いわけではない。何故ならサーベイランス・システムを構築し、次に似たような事例を未然に防ぎ、犠牲者を減らすことができるからだ。

 このアウトブレイクは、米国でみられる森林火災に似ている。森林火災の99%は極小さなものである。しかし、あるクリティカル・ポイントを超えると火は樹冠に燃え移り大火災に移行する。中でも2003年の米国サンディエゴ大火災は有名で、最終的に軍の力を借りざるを得なかったのに、諸々の段階での判断の遅れ、他者に助けを求めず自分たちだけで解決しようとしたことが結果的に最悪の事態を招いた。

 例えば東日本大震災や米国同時多発テロのようなことが発生すれば、誰しも大変なことが起こったと思い迅速かつ最大限の対応をする。一方、火災やアウトブレイクのように徐々に広がり、いつの間にかクライシスに陥ってしまうような場合、対応が遅れがちだ。遅れないようにするためには、「普段と何か違う」という直感が大切である。以下の消防士のエピソードは直感の本質を示しているので紹介する。

 それは、住宅地にある1階建ての家で起きた単純な火事だった。燃えていたのは家の裏手のキッチンである。副隊長は、ホース・クルーを率いて建物の中に入って裏手へと向かい、火をめがけて放水したが、火は再び彼らに襲い掛かってきた。「おかしいな」と彼は思った。水はもっと鎮火することを期待していたからだ。彼らは再び放水したが結果は同じだった。態勢を立て直すために数歩下がった。そのとき、隊長は何かが間違っているように感じ始めた。それを示す兆候は何もなかったが、彼は「まずい」とだけ思った。彼は部下に建物 ― 何の変哲もない完全に普通の建物 ― から出るように命令した。彼らが家から離れるのと同時に、それまで彼らが立っていた床が崩れ落ちた。そのまま家の中にいたら、下の炎の中へと落ち込み、全員が焼け死んでしまっていただろう。全体的なパターンが過去の経験と照らし合わせてしっくりこない。彼は、何が起こっているのかを自分が理解していないことを直感した。だから部下に建物から出るように命令したのである。彼はインタビューで「何故そうしたか言葉では説明できない」と語っている。しっくりこない理由は明らかだった。火はキッチンではなく、自分が立っている床の下で燃えていたのだ。床が消音板の働きをしたため、部屋は温度が高くても静かだった。クルーが放水しても影響を受けないはずである。

 極少数の患者発生の段階で「いつもと何かが違う」と直感できるか否かが、その後の明暗を分けることになる。この直感を研ぎ澄ますには、過去の事例を掘り下げるのが一番だと思う。

 Risk comes from not knowing what you’re doing.

— Warren Buffett

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