イラクのテロは防御困難

 イスラーム教徒の断食月の終盤にあたる6月末から7月頭にかけて、各地でテロ事件が相次いだ。死者が発生した主な事件だけを取り上げても、レバノン北部のキリスト教徒を狙った事件(5名死亡)、トルコのイスタンブール空港への襲撃(12名死亡)、アフガニスタンのカブールで警察官を狙った攻撃(30名死亡)、バングラデシュのダッカでのレストラン襲撃(22名死亡)、イラクのバグダードでショッピングモール爆発(250名以上死亡)、サウジアラビアのメディナで警察官を狙った攻撃(4名死亡)と、わずか1週間余りの間に立て続けに起こった。ダッカの事件を除くといずれも犯人は自爆した。
 日本人が多く犠牲になったダッカの事件が大きな注目を集めた一方、死者数の多かったバグダードのテロ事件はそれほど報じられなかった。もちろんその理由は、バグダードでは過去10年以上にわたってテロ事件が非常に頻繁に起こっており、もはやニュースバリューとしての目新しさがないからだろう。だが、今回の事件はテロには慣れているイラク人さえも驚くほどの「事件」だった。

 理由の一つは、町の中心部の繁華街で起こったことだ。郊外も含めたバグダードは、600~700万人が暮らす大都市で、面積も広い。1ヶ月に何件もテロが起こるとはいえ、その現場のほとんどは中心地から少し離れた郊外に近い場所が多い。今回狙われたカッラーダは、まさにバグダードのど真ん中、政府庁舎や大使館などが集まるグリーン・ゾーンの向かいにあたる。すなわち、爆弾を積んだ車は、いくつもの検問所をくぐり抜けてここまでたどり着いたことになる。
 そしてもう一つの理由が、その規模だ。一回のテロ事件で250名以上の死者が発生するような大惨事は、イラクでもそうそう起こることではない。2007年8月にモスルの西方にあるシリア国境に近い村で、イラクのアルカーイダ(「イスラーム国」の前身組織)がヤズィーディ教徒を狙ったテロ事件を起こし、500名以上が犠牲になった。これほどの規模の事件はそれ以来ということになる。しかも、2007年の事件は自動車4台による共同作戦だった。今回の事件で使われた自動車は1台だ。犠牲者数が増えたのは、大勢の人で賑わうショッピングモールが狙われ、爆発が大規模な火災に繋がったからではあるが、それでも、自爆犯が1台の車に相当量の爆薬を積んでいたことは間違いない。

 首都のど真ん中で、これほど大きなテロ事件が発生したとなると、当然のことながら、町のあちこちに設けられている検問所は何のためにあるのか、治安機関は一体何をしていたのか、ということになる。ダッカの事件にように、それまであまり大きなテロ事件がなかったところで突如発生した場合、事前にそれを察知して防ぐことは難しい。だが、バグダードのように頻繁に狙われている場所でこれほどの事件が防げなかったという事実は、攻撃する側の能力もさることながら、防御する側の能力に極めて深刻な問題があることをあぶり出したと言える。
 未明に自動車が爆発した後、炎に包まれたショッピングモールが鎮火したのは翌朝になってからだ。そのまだ煙のくすぶる現場の周辺に、野次馬の市民が大勢集まっている様子が多くのソーシャルメディアに投稿されている。そこには非常線も張られておらず、警察官が現場検証をしている様子もない。科学捜査が全く行われないまま、証拠は水で洗い流され、瓦礫は片付けられて終わりである。そうなると、果たして、この事件の犯人は誰だったのか、単独だったのか、複数だったのか、爆弾の種類は何だったのか、どこで作られたのか、どうすればそれを探知することかできたのか、何もわからないままである。「イスラーム国」は、自爆犯は一人でアブ・マハというイラク人だったと発表したが、それは捜査に裏付けられた情報ではない。
 しばしばやり玉に上がるのは、国防省、内務省、首相府などが統括する複数の治安機関の間の連携がとれていないという事実だが、そもそも連携して共有すべき情報に正確性がなければ意味がない。そして、今回の事件をうけてようやく、アバーディ首相は、「偽物」の爆弾探知機の撤収を命じた。製造元のイギリスで、この製品メーカーの社長が2012年に逮捕されているように、この爆弾探知機がほとんど役に立たない偽物であったことはよく知られている。にもかかわらず、イラク政府はなぜか今に至るまで使い続けてきた。その理由が汚職なのか無能なのか定かではないが、政府が有効な治安対策を打ち出せていないことだけは確かだ。

 政府が国民に安全を提供するためには、軍や警察といった治安組織が適切に機能しなくてはならない。それには、正確な状況の認識に基づいた政策判断、それを実行に移すための指揮命令系統の整備や、政権中枢による治安部隊の掌握が不可欠であり、それらは、国家の統治力と密接に関係している。これが欠けている今のイラクにおいては、「イスラーム国」への軍事作戦そのものは進展しても、今後のテロ事件を防ぐことは難しいと言わざるを得ない。

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