リスク分析の事始め(7)組織に必要な「カッサンドラ」

 もう少し「エジプトに迫り来る危機」の予言について考えてみよう。1995年の「カッサンドラ」が指摘したエジプトの政権の崩壊のリスクは、2011年初頭までは、顕在化しなかった。そのため、長い期間「狼少年」の言のように扱われた。しかし2011年1月25日に大規模デモが発生した瞬間に、それは全てを予言していたかのように見えだした。

 あらゆる「ヴィジョナリー」は、一定の時期を、あるいはほとんど一生を「カッサンドラ」として、疎ましがられて過ごす。「予言者故郷に容れられず」とは新約聖書にも盛り込まれた古来からの叡智である。リスクに対処するとは、「カッサンドラ」の耳の痛い言をどう受け止めるかである。

 大きなリスクが顕在化する局面はめったにない。日常業務を円滑に行うために、殊更にリスクを言い募る人や組織は排除されがちだ。しかし何年に一度、何十年に一度の大規模なリスクの顕在化に備えておかなければ、うまくいっていたように見える事業がある日突然破綻の危機に直面する。

 各国の外交・安全保障を司る機関で、情報分析と政策立案・実施を別系統にするのはそのためである。現在採用されている方向での政策の立案と実施に都合の良いように、情報分析を歪める、あるいは「忖度」して現在の政策を支持する情報ばかりが上がってくる、ということになれば、リスクに備えることができなくなる。リスクを察知する「カッサンドラ」を、別系統の組織として「飼って」おく必要があるが、政策と情報分析を隔離すべき壁はしばしば破られるのも組織の常だ。

 企業であれば、事業を推進する組織とは別系統の、事業に一見してブレーキをかけかねない組織を抱えておくことは、無駄と受け止められるだろう。しかし多様で複雑な世界に乗り出すには、組織にも多様性が必要なのである。組織の中に「カッサンドラ」を抱えておくことができるか否か。複雑で多様で不透明な世界に乗り出していくことができる組織と、そうでない組織を分けるのはここだろう。

 

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