危機管理の基本:その⑧封じ込め / 撲滅とサーベイランスの継続

天然痘撲滅

  紀元前1157年に死亡したラムセス5世のミイラには天然痘特有の膿胞があり、彼はこの病気で死亡したと考えられている。その後も、人類は天然痘による大きな犠牲を払ってきた。しかし、ワクチンの開発とWHOを中心とする多くの人々の努力により1977年のソマリアのアウトブレイクを最後とし(1978年にイギリスの研究所で研究者が罹患)、1980年天然痘は撲滅宣言がだされた。

 

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 そして、1984年までにWHOは天然痘ウイルスをロシアVector研究所(モスクワ)とアメリカCDC(アトランタ)に集約した。

 ときは1950年代、あなたはWHO職員で天然痘を撲滅するためバングラデッィシュに来ている。ある村で天然痘患者が発生した。あなたなら感染拡大を阻止するためどのような対策をとるか?接触72時間以内に天然痘ワクチンを接種すれば、その発症を予防できると想定せよ。

基本方針

  リング・ワクチネーション:患者発生村の有力者にコンタクトをとり、家族→来客→隣人→仕事仲間など患者と近い人からワクチンを接触していく。ワクチンを接種しても発症する可能性はあるので、体温を適宜チェックする。  

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 1人患者がいるということは、まだ発見されていない患者が他にもいる可能性があると考え、村人に周知徹底を図る。場合によっては1軒1軒漏れのないように巡回する。

天然痘同様麻疹やポリオも人 から人への感染であり、自然宿主を持たない。天然痘は撲滅できたのに、麻疹、ポリオはまだ世界で撲滅できていない。何故だと思うか?

  天然痘は主に発疹出現後より感染性を有するようになる。患者自身もだるさがひどく、自宅から外に出ないことが多い。特殊な病型を除いては病初期より特徴的な発疹が出現するので診断がつきやすい。死亡率が非常に高かったのでワクチン接種率も高かったに違いない。

   一方、麻疹やポリオは初期感冒などと区別がつきにくく、診断および隔離が遅れやすい。麻疹では発症前から感染性があるといわれており、患者が発症したあと隔離したのでは遅い。ポリオでは、不顕性感染者(無症候性ないし、症状が軽い患者も含む)が非常に多く、また症状も非特異的なため小児麻痺になってはじめて気づかれる。両感染症ともにリング・ワクチネーションではなく、全体のワクチン接種率を上げる戦略がとられている。世界においてワクチン接種率が95%以上など極めて高いレベルに達すれば、撲滅も不可能ではない。

サーベイランス

   仮に病院にターゲットにしている感染症患者が入院したとしても、広く網をはることにより全体像を早期に把握することができる。スピードが重要な要素なので、正確性については目をつぶらざるを得ない。感度を第一優先し、特異度は二の次ということ。サーベイランスの目的は時間的、空間的疾患のクラスターを見つけることにある。

  注意しなくてはならない部分もいくつかある。第一にメディアなどの情報の影響である。インフルエンザなどが今年は特に多いという情報が流れれば、ふだんはクリニックを受診しない人でも受診する可能性が高まる。また医師側もそのような先入観で診断しがちだ。またインフルエンザ迅速診断キットのようなものが多くのクリニックに配備されるとインフルエンザの診断数に影響を与えるであろうし、抗インフルエンザ薬が市販されれば、インフルエンザの病名をつけるケースが増える。国民皆保険であれば、患者が医療機関を受診しやすいためサーベイランスは機能しやすいが、保険に入っていない人が多い国では重症例のみを拾いやすい。また感染症が急増しクリニックがパンク状態であれば、きちんと診断し、正確な数値を報告する暇がなく、過少評価される。さらに、休日や連休の後、夏休み、近所に病院ができた、大型マンションができたなど、地域における人口動態や医療機関の関係によっても変化がみられる。

  ではサーベイランス・システムは役に立たないのか?その目的をアウトブレイクの発見に置くのであれば、同じシステム上の比較となるため大きな問題にはならない。もし問題点を指摘するのであれば、例えば日本の場合、麻疹など報告対象疾患が決まっており、新興・再興感染症の場合にはなかなか診断がつかず報告が遅れる可能性がある。結核などでも非定型なものでは診断が遅れるかもしれない。また通常の報告すべき感染症でも2週間程度遅れるため、現場では既に感染流行が収まりはじめていることも多いだろう。

そう考えると普段と違うと感じる直感が大切となる。

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