英国ロンドンのポロニウム事件

事件の概要

 2006年11月1日、44歳白人男性はロンドンのホテルのバーで過ごし、ロンドン中心部の寿司バーで食事をとった。数時間後、上腹部痛と嘔吐があり、3日にロンドン北部のバーネットにある総合病院に入院。口内炎、骨髄抑制、脱毛など、抗がん剤あるいは放射線被曝の際出現し得る症状があり、11月17日に大学病院に転院となる。この男性の名はアレキサンダー・リトビネンコ。元KGBロシア政府に対して批判的であった。入院中警察の警備下に置かれる。転院後19日の時点では、タリウム中毒が疑われていた。警察は20日の時点から捜査を開始する。11月22日死亡。翌日ポロニウム(210Po)が原因と判明。警察はホテルのバーと町の寿司バーでポロニウム*を検知した。ロシアの追手がポロニウムを使ってリトビネンコを暗殺しようとしたことは誰の目にも明らかだった。

1

*ポロニウム(210)はウランの100億倍の強さを持つ放射性物質。体内に入ると内部被ばくをもたらす。しかし、放射線は人の皮膚や紙も透過しないため持ち運びが簡単で、暗殺に使用されることもある。

HPAの模範的な記者会見

あなたはイギリスの英国の健康保護庁(Health Protection Agency: HPA) である。11月1日にホテルのバーや寿司バーを訪れ、ポロニウムに暴露された人が公衆の中にもいるかもしれない。ポロニウムが原因と判明した翌日、11月25日、あなたはメディアを通じて記者会見を行うことになった。あなたならどのような内容にするべき

 元KGBのアレキサンダー・リトビネンコがポロニウムによって暗殺されました。その手法は11月1日、XXホテルのバーあるいは寿司バーで、彼の食べるものにポロニウムという放射性物質を混ぜるというやり方でした。これは1人をターゲットにした殺人事件ですが、念のため11月1日にホテルのバーや寿司バーを訪れた人用のコール・センターを設置します。24時間無料で電話でき、受付には看護師や健康アドバイザー配置しています。必要とあれば、HPAの医師から電話を再度入れさせていただき、状況によっては尿検査に協力いただきたく思っています。24時間尿を貯めていただき、その一部を提出していただいて、こちらの研究室でポロニウムが含まれていないか検査するためです。もしも、致死的なポロニウムを11月1日に摂取していれば、既にリトビネンコと同じ運命をたどっていたことでしょう。ですから、今健康であれば命に別状があるということは考えにくいと思います。しかし、今後のこともあるので11月1日にホテルのバーや寿司バーを訪れた人はコール・センターまでお電話ください。

*11月25日にコール・センターが設置されたのは事実だが、どのようなリスク・コミュニケーションが行われたかは不明。

2005年7月7日、ロンドン爆破テロ事件のときとは異なり、2007年に発生したこのポロニウムの事件でロンドン市民がパニックに陥ることは無かった。何故だろうか?

 この事件が発覚してから、ロンドン市民はパニックに陥ることはなかった。1人のスパイを標的にした暗殺事件と大衆が受け取った点が大きいであろう。ちょうど人気映画007 ジェームズ・ボンド・シリーズが封切られようとした矢先である。国民性もあるかもしれないが、「政府は既に対策をとっている」ことを示すことがパニックを避ける最も重要な点であろう。(東京慈恵会医科大学 浦島充佳教授)

前のページに戻る