ニパ脳炎(2)

シンガポール

47歳の畜殺場職員。1週間前からの頭痛、2日前からの発熱、喀痰を伴う咳、呼吸速迫、意識もうろうから混乱状態となり、1999年3月16日にシンガポール総合病院を受診した。入院時体温は37.6度、脈拍82/分、両側の肺クラックルを聴診。反応が鈍く見当識障害を示していた。髄液中のウイルス抗体価陰性。MRIでは右前頭白質に高信号の病変を認める。入院12時間以内に全身強直性間代性けいれんを2回起こしたのち昏睡状態に陥った。入院48時間で死亡。病理解剖でニパ・ウイルス遺伝子が脳より検出され、ニパ・ウイルス脳炎と診断される。

この患者が入院して24時間も経たないうちに、畜殺場職員が似た症状で病院を訪れたのだ。この患者の弟も畜殺場職員で、現在ひどい頭痛と肺炎で別の病院に入院しているという。同じタイミングでシンガポールの別の病院に4人目の畜殺場職員患者が入院していた。Lancet 1999; 354: 1253-6.

あなたはシンガポール保健省担当官であるなら、どのような封じ込め対策をとるか?

以下は実話である。1999年3月19日、全ての畜殺場を閉鎖し、畜殺場職員の症状スクリーニングを開始した。翌週、発熱症状および呼吸器あるいは神経所見を呈しているということで500人以上がスクリーニングに引っかかった。この人たちが感染を広げるといけないので当面入院させて経過観察することにした。また、シンガポールの全ての病院と連絡をとり、畜殺場職員患者が入院していないか調査をしたところ、35人の可能性例がでてきた。

結果的にはそこまでする必要は無かったであろうが、初期不確実な情報の中でヒト‐ヒト感染を否定できない状況にあってはやむをえなかったであろう。

シンガポールでは2つの畜殺場があり、両方ともマレーシアから豚を輸入していた。保健省は11人でニパ・ウイルス感染を確認したが全員畜殺場の従業員であった。発症者家族は誰も病気になっていない。マレーシアからの豚の輸入を止め、畜殺場を閉鎖してからは新規患者が発生していない。このことから伝搬経路に関してどのようなことが云えるか?

豚から直接感染する。人から人への感染は無さそう。しかし11人という少ない人数なので絶対的なことは言えない。

アウトブレイクがはじまってから6ヶ月、1999年3月24日CDCが現地入りする。マレーシア当局は村民を村外に避難させる。逆に豚が村外に出ないよう軍が介入して閉鎖した。まずは2万頭の豚を処分。軍が豚を溝に追い込み銃殺。豚の甲高い声がひびきわたった。マレーシア南部の死者が48人に達した頃、政府はさらに厳しい措置に転じた。土地を浄化するため養豚場をブルドーザーで一掃した。感染の有無にかかわらず100万匹を処分したのだ。この乱暴なやり方が適切であったとは私には思えない。政府側もパニックに陥っていたということであろう。

あなたはCDCの調査チームの一員である。
(1)人から新種のニパ・ウイルスが検知されたわけであるが、疫学調査に入るのと同時に確認するべき点は何か?
(2)こういうとき強力な助人としてどのような職種の人を調査チームに同行させるべきか?
(3)また科学者として協力を要請するとしたら誰が適切だろう?
今までのいきさつから考えよ。

(1)豚から採血、気道粘液を採取し、患者から分離されたのと同じニパ・ウイルスを確認する。
(2)獣医:豚は力が強く、簡単には採血できない。また自然宿主を探す際にも獣医の知識が必要。もちろん蚊の媒介が疑われれば昆虫学者も一緒の方がよい。
(3)CDCの調査チームは今回のウイルスがオーストラリアで発見されたヘンドラ・ウイルスに近いことから、そのとき関わった科学者に協力を要請した。

検査の結果、ブタの血液、気道分泌物から分離されたウイルスは患者から分離されたものと同一であった。つまりウイルスはブタの気道分泌物を通じて人間に感染したと推測できる。

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