インフルエンザ・パンデミック(3)

ニューヨークの高校で呼吸器疾患のアウトブレイクがあったとの報告。少なくとも8人は豚インフルエンザなのではないか?100人以上の生徒が今週、発熱、咽頭痛などインフルエンザ様症状で休んでいるという。しかし、保健局の調査では皆症状は軽く、誰も入院には至っていないとのこと。家族の何人かは同じ症状になっており、家族内感染、すなわち人から人への伝播を疑わせる。

上記ニューヨークの高校で調査を行った(生徒回答率83%、職員回答率92%)(NEJM2009; 361: 2628-36)。
4月18日から5月1日の間、インフルエンザ様症状を示したものは生徒の35%(780人/2225)、職員の10%(22人/228)であった。そのうち生徒86人、職員4人で豚インフルエンザの感染であったことが確認されている。60歳以上の職員31人中インフルエンザ様症状を呈したものはいなかった。インフルエンザワクチン接種していなかったものは、していたものと比べて1.2 倍(95%CI: 1.0-1.5)今回のインフルエンザ様疾患に罹患しやすかった。14人の生徒が春休み中メキシコを訪れており、そのうち5人がインフルエンザ様疾患に罹患している。5人のうち1人は豚インフルエンザであることが確認された。彼は4月19日にニューヨークに帰り、22日に発症している。2人が入院しているが、1日で軽快退院している。そのため重症化したものは誰もいなかった。

インフルエンザ・パンデミック 図1

潜伏期間中央値1.4 日、患者発生間隔2.7日、患者倍加時間1.3日、病床期間6 日、家族内で少なくともインフルエンザ様疾患を発症したものは17.7%にみられた。

ニューヨーク高校の事例から、以下の点について簡単に考察せよ。下線部はインフルエンザ様疾患と豚インフルエンザと診断された人数に大きな隔たりのあることを示唆している。前者はアンケートであり、多くの生徒は医療機関を受診していない可能性がある。また、検査も発症後間もないと偽陰性となり得る。検査自体の感度も豚インフルエンザに関しては季節性インフルエンザより劣るかもしれない。そのような条件を加味したとき、他のインフルエンザ様症状があったとアンケートに回答した生徒は豚インフルエンザだったのだろうか?流行曲線などから推測せよ。

しばしば新しい感染症に対する検査法の感度が悪く、臨床的にはその感染症であることが疑われても、検査で陰性のことはしばしばある。豚インフルエンザと確認された患者数の推移とインフルエンザ様症状を呈した数の推移は似ていることから、おそらくインフルエンザ様症状を呈した生徒および職員は豚インフルエンザに罹患していたのであろう。しかし、季節性インフルエンザやそれ以外の感冒の患者も少数ながら混ざっていたかもしれない。

ニューヨーク高校の事例から、以下の点について簡単に考察せよ。
(1)年齢による発症率の相違、(2)季節性インフルエンザワクチンの効果、(3)メキシコとのリンク、(4)R0はおよそどれくらいか?
ヒント:R0 = 患者発生間隔 /患者倍加時間+ 1

(1) 高校生35%>60歳未満の職員(22/(228-31)=11%)>60歳以上の職員(0/31=0%)
年齢が高くなるほど発症率が低い。今回の豚インフルエンザは新しい型ではあるが、ソ連風邪(H1N1)など過去に流行したインフルエンザと交叉性をもつ可能性がある。初期のデータだけでも予測はたつ。実際、中高年の発症は例年の季節性インフルエンザより少なかった。

(2) 95%CI が1を含まないので、統計学的には有意差あり。1/1.2 = 0.8 季節性ワクチンを接種していると豚インフルエンザを発症するリスクを20%低下させることができる。もしも新型インフルエンザに対するワクチンが間に合わない場合、季節性インフルエンザも接種しないよりはした方がまし。

(3) メキシコに遊びに行っていた学生が感染を広めた可能性がある。しかし、4月22日にメキシコ帰りの学生が発症しているが、その前に発症している生徒もいる。今回のエピソードの前からアメリカでも流行がはじまっていた可能性も否定できない。CDCの担当者の人との個人的会話で、過去にさかのぼって血液を調べたら、この豚インフルエンザの流行は2009年1月くらいからはじまっていたとのこと。

(4) 中央値から考えると2.7/1.3 + 1 = 3.1 になる。R0 の定義は平均なので、ひょっとするともう少し高い値になるかもしれない。論文では3.3となっている。

2009年4月26日(日):メキシコではこのインフルエンザで80名以上が死亡したと思われる。WHOは緊急会議を開き、世界的流行の可能性について検討に入る。既にカリフォルニア、テキサス、カンザス、ニューヨーク、そしてロンドン(ブリティッシュ航空の客室乗務員がインフルエンザ症状で入院した)で患者が発生した。日本の空港では、赤外線カメラによる発熱患者のスクリーニングを開始。フランスでは危機管理センターを開設し、情報収集にあたっている。

メキシコでは5月29日までに4,910例の豚インフルエンザの感染例、85例の死亡例を報告した。下に従来のインフルエンザと比較した流行曲線を示す。これは、メキシコの国立呼吸器疾患病院に肺炎、インフルエンザ様疾患を含む呼吸器感染の相談件数の推移である。(NEJM 2009; 361: 680-1)

下の流行曲線から豚インフルエンザの流行はいつ頃からはじまっていたと思うか?またメキシコ政府は、4月24日より学校等人が多く集まるところを閉鎖しているが、その効果はあったと思うか?

インフルエンザ・パンデミック 図2
2009年のインフルエンザ様疾患数推移

おそらく流行は3月初旬頃からはじまっていた。人々がアウトブレイクに気付いて政府が4月下旬に対策を講じてから、5月初旬には患者数が激減している。政府対応の効果は十分あったと評価できる。日本でも5月大阪の高校が閉鎖され流行が一時的ではあるが終息に向かった。

flu_pandemic_3_3
1日あたりの発症件数
発症日別報告数
発症日別報告数

上は地域学校閉鎖する前後の患者数推移:確実な効果あり
下はもう少し長いレンジでみた患者数推移:効果は一過性。

しかし、秋以降の学校閉鎖の対策は十分な効果を得たとは言い難い。数理モデル上、地域人口の1%未満が感染しているアウトブレイク初期であれば地域全体の学校閉鎖は効果があると考えられているが、1%を超えて地域の乳幼児から高齢者まで様々なポピュレーションに感染が広がると学校閉鎖の効果も十分期待できないであろう。

※関連コラム

  • インフルエンザ・パンデミック(1)はこちら
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