フィリピンvs中国 南シナ海にかかわる常設仲裁裁判所の判決出る

 7月12日、オランダ・ハーグにある常設仲裁裁判所が、南シナ海におけるフィリピンと中国の係争について判決を下した。この仲裁裁判は、2013年1月に、フィリピンが中国の主張を不服として裁判所に付託したものである。その前年、中国公船がスカボロー礁に進出し、フィリピン艦船とにらみ合う事態となっていたが、中国はフィリピンの抗議を無視し当該海域を実効支配するようになったため、フィリピンは問題を国際司法に持ち込むことを決定した。

 中国側は、一貫して、常設仲裁裁判所はこの件について管轄権を有しておらず、その判決は拘束力を持たないと主張し、審理に参加しなかった。中国は、領土・領海の問題について、二国間対話により問題を解決することを主張しており、多国間や国際司法による解決を拒否している。中国にとっては二国間交渉の方が、自国にとって有利な交渉が進められると考えるからである。

 判決が出る前から、判決は中国にとって不利なものとなるだろうと予想されていたが、実際には、予想よりもさらに中国にとって厳しい内容であった。フィリピン側が提訴した15の申し立てのうち、7項目については審理されることが事前に決定していたが、残りの8項目について判断が下されるかは未定であった。しかし、裁判所は残りの8項目についても、ほぼフィリピン側の訴えを認める内容の判決を下した。特に、中国が主張する“九段線”について判断を保留するのではと見られていたところ、九段線についても「歴史的権利を主張できる法的根拠は認められない」と明言した。また、中国が南シナ海で埋め立てを行っている区域は、すべて岩礁か低潮高地であり、排他的経済水域(EEZ)や大陸棚の主張をすることはできない、とされた。

 中国側は判決に強い反発を示し、政府のスポークスマンは「(常設仲裁裁判所の)裁判官は外国人ばかりでアジアの文化を理解していない」、「(仲裁裁判所の裁判官の一人である)柳井俊二氏は日本人」、「裁判官はフィリピンから金銭を受け取っている」、「合法的な国際法廷ではない」などと述べ、中国は南シナ海における自国の権益について一切譲歩しない、という姿勢を強調した。中国国内では、仲裁裁判所や米国、フィリピンを批判するナショナリスティックな論調が高まっている。

 ただし、中国は表向き強い反発の姿勢を見せながらも、この問題でデモや騒乱が起こらないよう、事態をコントロールもしている。2012年に日本政府が尖閣諸島を購入したときと異なり、今回は、フィリピンや米国に対する大規模なデモなどは起こらず、むしろ中国政府はそのような動きを封じ込めようとした。フィリピンに対する報復措置も取られておらず、人民解放軍の攻撃や挑発行動なども(将来、起こる可能性は残っているが)起こっていない。仲裁裁判所の判決がまったく不当であると言いながらも、判決に対する過激な反発が、国際社会における中国イメージをさらに悪化することを懸念し、中国政府の政策に対する非難へと転化することを懸念しているからであろう。

 中国の南シナ海における行動が国際法に違反していると明示されたのは、周辺国にとって大きな外交的成果であるが、現在のところ、中国が判決に従う素振りは見られず、このままでは、国際政治において法やルールは重要ではないという慣習が広がりかねない。ASEAN諸国でも中国に対する警戒感は強まりつつあるが、中国の影響力の強いカンボジアやラオスは常に中国に厳しい態度を表明することに反対し、全会一致の原則で運営されるASEANからは、中国を非難する統一見解は出ない状況になっている。9月初旬にラオスで開催された東アジアサミットにおいても、南シナ海仲裁判決に従うよう強く中国に求めた日本と米国に続く国はなかった。

 来年は5年に一度の党大会が開催される年であり、中国国内ではすでにそれに備えた権力闘争が始まっている。国内政治に集中するため、中国の指導者らも外交でこれ以上大きな問題を抱えたくないはずである。中国国民に対する面子と、外交的な摩擦を避けたいという思惑との間で、日米や他の周辺国の対応を見ながら、政策を決めていくことになるだろう。中国は、ASEAN諸国との間で、2002年に合意されながら、実質ほとんど進展のなかった「南シナ海行動規範(COC)」の策定に積極的に取り組むことで、中国脅威論を打ち消そうとしている。

 日本や同盟国、パートナー国は、仲裁裁判所の判決を形骸化させないために、また中国の拡張政策を抑止するためにも、今回の判決を外交的ツールとして実務的な協力を推進していく必要がある。と同時に、日本としては、仲裁裁判が下した「島」や「岩」に対する判断基準が、自国の島や岩礁にどう適用されるかについても考慮すべきである。中国は、かねてから沖ノ鳥島は島ではないと主張してきたが、今後、この問題を大きく取り上げよとするだろう。常設裁判所の判断が、中国の行動に否を突き付けたことに喜んでばかりいる場合ではない。判決の結果にどう実効性をもたせるか、日本は自国の問題にどう取り組むか、難問に取り組むことが求められている。

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