高病原性鳥インフルエンザ(1)

香港

あなたはCDC Epidemic Intelligence Service (EIS) のinfluenza branch にタッフとして勤務している。以下の症例について調査することになった。

最初の症例
今まで健康だった3歳男児。1997年5月9日より発熱、咽頭痛、咳嗽が出現。症状が続くため5月15日に入院となる。症状は悪化し、5月18日小児集中治療室(pediatric intensive care unit: PICU)に入る。5月21日、ウイルス性肺炎による急性呼吸窮迫症候群(acute respiratory distress syndrome: ARDS)およびライ症侯群で死亡。5月19日、気管より採取した検体からインフルエンザA (H5N1)を検出した。患児は発症前、病気の鳥に接触していたかもしれないとのこと。遺伝子を分析したところ、へモアグルチニンの分割部位付近に塩基性アミノ酸が多数分布する高病原性に属する鳥インフルエンザであることが判明した(Science 2009; 279: 393-6)。この型のインフルエンザウイルスは、細胞内蛋白融解酵素の影響を受けにくく、肺だけではなく、肝臓、脾臓、腎臓、心臓、膵臓に感染し影響するため、多臓器不全を伴い重症化しやすい。これが高病原性と呼ばれる所以である。

インフルエンザの20世紀中にあったパンデミックとアウトブレイクを示す表である。パンデミックは検査技術が無かった時代でも気付いたであろう。しかし、アウトブレイク(地域限定的な患者発生)に関しては、人が死亡するなど特殊な状況が無い限り気付き難い。そのため、下には6つのアウトブレイクが示されているだけだが、実際にはもっと多くのアウトブレイクが発生していた可能性がある。

今回の鳥インフルエンザH5N1の人感染例は世界初である。しかも患児は死亡した。またウイルスの遺伝子解析では、高病原性であることが示唆されている。鳥インフルエンザは高病原性と低病原性があり、前者は感染鳥を48時間以内に死に至らしめる。一方、後者では、鳥が死ぬことはめったにない。インフルエンザは人だけではなく、豚、鳥、馬、海洋哺乳類にも感染する。鳥ではH1~H15, N1~N9までのインフルエンザA亜型の存在が知られているが、人ではH1~H3までしか知られていない。それ以外の亜型が人に直接、あるいは豚に一端感染し、その中で鳥、豚、人のインフルエンザウイルスの再編成を起こし、間接的に人に感染する可能性はある。通常の鳥インフルエンザは鳥に症状を起こさせないが、H5, H7はときに家禽に重症インフルエンザのアウトブレイクを引き起こすことで知られる。人のインフルエンザは気道上皮細胞上のα2-6系ガラクトースとリンクしたシアル酸を介して感染し、一方鳥のインフルエンザはα2-3Galを介して感染する(J Virol 1999; 73: 1146-55)。ウイルスの遺伝子配列からみるとH1 のHAの190番目のアミノ酸がアスパラギン酸のときは人の細胞に、一方そこがグルタミン酸であると鳥の細胞に感染する傾向にあると指摘されている(Science 2004; 303: 1866-70)。そのため種を超えて感染し難い、鳥インフルエンザがα2-6Galを介して感染する能力を獲得しない限りパンデミックにはならないとされてきた。実際、1918年スペイン風邪、1957年アジア風邪、1968年香港風邪では、鳥起源ではあったが、人のシアル酸を認識して感染するものであった。一方、今回のH5N1ウイルスはα2-3Galを介して感染するタイプであることがわかっている。なのに人に感染した… 人型のα2-6Galシアル酸は鼻咽腔から気管支まで、一方、鳥型のα2-6Galシアル酸は細気管支から肺胞に分布することが(後に)報告された(Nature 2006; 440: 435-6, Science 2006; 312: 399)。そのため、鳥インフルエンザがα2-3Galを介して感染するタイプであるからといって、人に絶対感染しないといいきれるものではない。鳥インフルエンザに罹患するとウイルス性肺炎になりやすいのは、これが要因かもしれない。

インフルエンザは一般的には発熱性疾患で、大抵は大きな合併症もなく自然治癒する。しかし、無症候性から致死性まで、その重症度にはかなりの幅がある。仮に実はH5N1インフルエンザは感染してもほとんどの人は無症候性か軽症で、たまたま重症化した先の症例が入院し死亡したということは考えられないだろうか?本症例は病気の鳥との接触しているかもしれず、だとすると鳥から直接感染し、人から人への感染の可能性は今のところ考えなくてもよいかもしれない。しかし、鳥との接触歴にも曖昧な部分もあり、その鳥がインフルエンザに罹っていた鳥かも今となっては判らない。鳥がからんでいないということであれば人から人への感染を考慮しなくてはならない。これがパンデミックになるとスペイン風邪の再来になりかねないので疫学調査は必須であろう。

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