インフルエンザ・パンデミック(1):メキシコシティ

 1930年代から1990年代の間、アメリカでは豚の間で流行しているインフルエンザ(H1N1)の性質はほとんど変化していない。そのため、豚から人に感染しても、人から人に感染が広がることは無かった。しかし、1990年代後半からH1N1、H3N2、H1N2などの鳥豚人の三種遺伝子再連合の豚インフルエンザが北米を中心に出現しはじめた。その第1例目は2005年であったが、徐々に増え、2009年2月までに11例がシグナルとしてCDCに報告されている。その年齢は16ヶ月から48歳、4人は基礎疾患あり、9人は豚と直接接触するか、接触しないまでも養豚場を訪れ、他の患者では人から人の感染が疑われた。潜伏期間は3~9日。4人が入院し、2人が人工呼吸器を必要としたが、全員助かっている(NEJM 2009; 360: 2616-25)。とはいえ季節性インフルエンザより重症化しやすいのは明らかだ。

 あなたはCDCの豚インフルエンザ・サーベイランス・システムに所属するスタッフである。先に触れたように、最近豚インフルエンザの人感染例の報告頻度が増えてきていた。4月になり以下のような報告が入ってきたのである。

2009年4月21日(火):2009年4月17日、南カリフォルニアで2人の発熱性呼吸器疾患の小児から今までのヒトインフルエンザ、ソ連風邪(H1N1)とは遺伝子的に異なる豚由来インフルエンザ(H1N1)が検出されたというのだ。今のところ感染源不明、現在どれくらいこの型のインフルエンザに感染したものがいるか調査中。

2009年4月23日(木):さらに豚インフルエンザ(H1N1)感染例が5例報告された。合計7例である。この5例の中には2つのクラスターが含まれており、1つはテキサス州サンアントニオの同じ学校に通う16歳少年、もう1つはカリフォルニア州、サンディエゴの父と娘であった。いずれも軽症で完治している。

通常豚(あるいは鳥)から人に感染するインフルエンザは容易に人から人に感染するわけではないのでパンデミックにはなりにくい。しかし遺伝子変異を起こして人から人に感染しやすくなると、新型であるため世界の人々の多くは免疫を十分持たず、パンデミックになる可能性が高い。そのため、新型のインフルエンザが発生した場合、人から人への感染力があるか否かを見極めることは非常に重要だ。上記7例の報告を受け、あなたはこの新種のインフルエンザがパンデミックになると思うか?その場合、あなたは他にどのような情報が必要か?

 学校内感染、家族内感染が示唆されたことから、すでにこの新型の豚インフルエンザは人から人に感染する能力を獲得していると思われる。そのため、近い将来パンデミックになるだろう。ただし、死亡率がゼロに近ければ、あまり心配する必要はない。一方、死亡率が高ければ、その程度に応じた対策が必要になる。そのため次に吟味するべき点は重症化率、致死率だ。

2009年4月23日(木): メキシコ保健局はカナダ公衆衛生局に2009年4月に発生した急性呼吸器疾患の原因究明について支援を依頼した。メキシコシティで120人の病人中13人、ポトシで14人中4人、メキシコ南部の都市オアクサカでも1人、アメリカ国境付近でも2人が死亡したのである。医療関係者やそれまで健康だった25歳から44歳の比較的若い人たちが感染している。しかし医療関係者は軽度から中等度の重症度で、誰も入院することなく回復したという。症状は、発熱、頭痛、眼痛、呼吸苦、倦怠感、5日以内に急速に進行する重症呼吸窮迫症候群である。メキシコ当局によれば、インフルエンザA: H1N1とインフルエンザBを検出しているが、H5N1は検出していない、2009年3月の例年ならインフルエンザが終息する時期にインフルエンザ様疾患が急増したこと、特にこのシーズンではインフルエンザBが多く検出されている。メキシコ当局はカナダ当局に51の臨床検体を送り、現在国立微生物研究所で検査中。過去3年のインフルエンザの流行と比較すると、2009年3月以降急速に患者数が増え、7~9倍に達している。

メキシコで流行しているなぞの呼吸器疾患が新型のインフルエンザによると仮定した場合、下線を引いた文面から何が予想されるか?SARSのときは医療関係者も多く罹患し、死者もかなりでている。この相違は何から来るものだと思うか?

 医療従事者は毎年季節性インフルエンザ患者に接触している。そのため、季節性インフルエンザに対する免疫力を有する人が多く、季節性インフルエンザ患者を診療してもこれに罹ることは少ないであろうし、罹ったとしても軽く済むはず。季節性インフルエンザに対して十分な免疫を有する人であれば、仮に新しいタイプのインフルエンザであっても部分的には免疫が反応するだろう。即ち例年よりは新型インフルエンザウイルスに感染する人は多いであろうが、重症化することは多くないと理論上推測できる。一方、SARSは新種のウイルスであったため、医療従事者でも全く免疫を持たない人が多かったはずである。そうするとSARS患者を診療する機会の多い医療従事者が感染、発症、重症化したことを説明しやすい。

2009年4月24日(金):メキシコ公衆衛生局は「最近数週間、重症肺炎や死亡例を含む呼吸器疾患が増えていた」ことを発表した。患者発生はメキシコ中央部に多いが、アウトブレイクや重症例はアメリカとメキシコの国境付近に多いという。このメキシコで発生した呼吸器疾患から採取された検体をCDCで検査したところ、最近アメリカで発生した豚インフルエンザH1N1と同じであることが判明した。

前のページに戻る